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日本史6 中田敦彦YouTube大学 受験生へ

「バイオレンスイノベーション」ってところからね「スピード&コミュニケーション」というね。で「パーフェクトコントロール」

 

エクストリーム授業日本史編、遂に戦国時代に突入。歴史上のスーパースターが続々登場。

 

「敵は本能寺にあり!」これですよね

「関白、秀吉である!」

「あいつは潰しとかんとまずいだろどう考えてもあの目は俺を殺す目だ」

 

 

どうお中田敦彦です。さぁ今日は遂にやってきました!エクストリーム授業の戦国、江戸時代編!ありがとうございます。

さぁやってまいりました戦国、江戸時代編。これはもう日本史ファンにとってとてつもなく熱くなる時代ですよね。ほとんど大河ドラマって戦国か江戸幕末か、こればっかりでしょ?ほぼ持ち回り制でここばっかりでしょ?あんまり縄文やらないでしょ?「次の縄文は」みたいにやらないですよ。やっぱり戦国、江戸末期は盛り上がるんですよ。そのうえで今回エクストリーム授業なんですよ。エクストリーム授業って何なのかもう1度ご説明したいんですけど、暗記だとか、年号だとか、地名だとか、そういうのばっかり覚えさせられて「やだやだ!もう日本史なんて大嫌い!世界史なんて大嫌い!」という人のために、「あれって何だったの?」っていうのをものすごい勢いで駆け抜けることで、だいたいこんな感じだったのねって分かってもらう授業なんですよ。そのエクストリーム授業VS戦国、江戸。これが悩みました。何でかというと、掘れば掘るだけ面白い話が出てくる時代でもあるんですね。

平安とか室町とか「そこ何かあったっけ?」っていうところをなぞって「ここ面白いですよ」って言うのは容易いんですよ、ピンポイントだからポイントが分かりやすいから。逆にポイント多すぎて戦国って一体何を喋ってくれるのかな、中田と。戦国だけで10話いけるんじゃないですか?みたいな。それに関してはもうエクストリーム授業じゃないっていうことなんですよ。だから今日も一気に戦国から江戸終わりまで行くっていう。なので省くところガン省きします。

歴史ものとかで好きな人って結構バトル好き多いんですよ。だから今のキングダム見てる人とかも春秋戦国時代でしょ?バトルが好きなんですよ。だけど僕が大人のための日本史、世界史って何?大人の歴史って何?っていうときに、その傑出した人物が一体どんなイノベーションを起こしていたかというのが1つ。そしてもう1つは逆に、平和な時代はなぜ平和だったのかというのを学ぶ方が面白いんじゃないかなって僕は思ってるんですよ。バトルでどっちが強い?どっちが騙した?だけじゃなくて、何で平和が続いたか。平和な時代って学生の頃学ぶの怠かったでしょ?「平和ね、はいはい。バトルスタート!」ってなるんだけど、逆に江戸の平和なほうを見ると面白いんじゃないの?人物を見て強い弱いだけじゃなくて、どんなイノベーションがあったかを見ると面白いんじゃないの?ということでぎゅっとした授業をお届けしたいと思いますのでぜひお付き合いください。

 

まず見ていきましょう、「本能寺の変」から書いてあるからね。「信長死ぬの!?」っていう。前回あれだけ「魔王がやってくるぞ!信長がやってくる!」って言って何で死んでるの?っていうね。でも、信長っていう人がどういうイノベーションだったかって各種エピソードあるじゃないですか。銃がどうとか。あれをもう1回まとめて考えて、織田信長を一言で言うと俺は「バイオレンス&イノベーション」特徴3つにまとめました。

 

まずは軍事開発ですよ。鉄砲を使ったよね。武田軍が馬が強かったというところに対して鉄砲という新兵器を使った、新しい技術を使ったプラス傭兵って書いてある。何が凄かったか、当時自分の治めてる農地の農民が兵士になるっていう、農民&兵士っていうのが多かったんですよ。

これ何が問題かと言うと、農業に忙しいときあまり戦えないっていう。兼業兵士なんですよ。だから「今戦ですか?でもトマト無くなります」トマトは育ててない、トマトじゃないと思うけど、「大根が」とか「ズッキーニが」ズッキーニも育ててないと思うけど、そういう野菜が大事なのでって言って、野菜も大事じゃないですか、穀物も大事じゃないですかお米とかも。それ育ててないと国内が回らなくなっちゃうから、国内経済の担い手が外部の攻める兵士でもあったということで以外と動かしづらかったんですって。

だから戦っていうのは農業の閑散期に行われることが多かったんですって。悠長っちゃ悠長だけどそうせざるを得ない。人がいないからねってやったところで織田信長は「いや、それはそれで分けよう」っていう風に傭兵をお金で雇って戦闘専門部隊を作ったというところがイノベーションだったらしいですね。新しい技術と新しい傭兵の仕方をしたよというのが1つ。

 

もう1つは有名ですよね、仏教の弾圧。仏教って今まで古代からやってきたじゃないですか。どういう風に日本で使われてきた?日本の始まりから仏教との関わりは切っても切れなかったですよね。最初は輸入するかしないかで曽我氏が揉めるところから日本史始まるんだよ?卑弥呼がいたのかいないのかっていうところからいきなり曽我氏が出てくるっていう、その間の空白の4世紀を経ていきなり曽我氏が出てきて物部氏をやっつけたのが、仏教を輸入するよということを推進していた派閥ですよね。

そこから権力と仏教を結び付けて考えて育っていってピークが奈良時代。大仏作って「仏教で治めますよー」その結果道鏡が現れて「仏教で1番偉いから天皇もやっちゃおうかな」なんてね「神託を得ました」「嘘だ!」って言ってそういう時代があって、そこから桓武天皇が最澄と空海で修行させなさいと。「権力とは外れたところで修行してなさい」というのがあって、修行をしたら修行をしたで「一部の人しか救われないんじゃない?修行してない俺たちは救われねぇぜ」っていうところで鎌倉New仏教Sixが現れるわけですね。「みんな救っちゃうよ」「1回だけ唱えてごらん?」っていう「嘘!1回でいいんですか!」「南無阿弥陀仏、もうOK!」みたいなね。そういうのが現れて、でも1回だけ唱えてくださいって言った浄土真宗の派閥がむちゃくちゃ勢力が拡大するわけですよ。1回でいいんだもんね、とにかく入れるわけですよ。だってダイエットとかもそうじゃないですか、「1日5分でいいよ」って言われても「1日5分はなぁ」みたいな「1錠飲めばいい」「1錠ですか!?1錠飲めばいいんですか!?」みたいな、やっぱそっち食いつくよね。楽な方に民衆の気持ちが傾いて「浄土真宗最高!」「俺たちでも救われるんだもんな!悪くても救われるんだもんな!」って集まって、集まると勢力が拡大して、一向宗といわれる武装集団になっえちくわけですよ。「俺たちも救われるんだ!」が集まると武装集団になっていって「俺たちを脅かすな!」という一向一揆とかそういう集団になったり、お寺の周りを囲んで自治国みたいになったりするという。

 

それをそれまでの権力者はなかなか手出しできなかったわけ。「仏罰が下りますぞ」とか言ったらなかなか手出しできなかった。そういう人たちに対しても武士はやっていくという方向だったんだけど、それの最たるものでとにかく焼き払う「全員焼いてしまえ!」みたいなむちゃくちゃするんですよ。だから魔王たる所以というのはこのあたりだろうね、印象的に。あの仏教の庶民が信じて結託して「俺たちがやってくだー!」とか言って漫画でいったらそっちの方が楽しそうじゃないですか、それを「焼いちまいな」なんて言ってくるわけですよ、恐いですよね。全員弾圧しちゃうっていう、これもぶっ潰すというね。

さらに、合理的人事。部下に対しても厳しかったんだよね。関係が深くても、古参であっても「お前最近成果出してないね」って社長室に呼ばれて「君~くび!」ってなるわけですよ。「創業以来からの仲じゃないですか社長!創業以来からやってきたのに。信長さんあのときのビール美味かったですよね」「うるさい。データ見てみ?AIが言ってるもん。君クビー!」っていうタイプの人事の。人の繋がりというよりも成果主義なんですよね。

だから徹底して暴力的でありながら新しかった。「バイオレンス&イノベーション」ということで勢力を拡大する。

 

そしてもう1つ信長が有利だったと言われてるのは、戦国時代って凄い人いっぱいいるじゃん。武田とか上杉とかもいるし伊達とかいろいろいるじゃないですか。それがいるkら全員の中を見ちゃおうとするんだけど一説によるとそういう人たちはまだ地方同士で争うのに手一杯だったって話なの。地方勢力に過ぎなかった。「天下布武」っていって、天下統一を大っぴらに言ったのが、こいつは重要人物だっていうことで目されているんですね。

なぜ天下統一言えたかというと、京都に近かった。なぜ京都に近いといいかというと、京都まで上洛して「よっしゃ天下だ!」って言うためには上洛してる間に遠くの地方だったら潰されちゃうかもしれない。「リーダーがいないから潰しちまえ!」だから容易に自分の領地出られなかったんだって。そんな中領地は近い、そしてイノベーションが起きてるということで天下統一を視野に入れやすかったというところが織田信長のすごいところなんですよ。

 

ただみなさんも知っている通りこのバイオレンスが彼を飲み込んでいってしまうんですよね。合理的人事に魔王のような振る舞いでしょ?恐いわけですよ。なぜかは諸説あるんですが、やはり史実にある通り本能寺の変起きてしまうんだよね。

明智光秀という、新参の部下だったんだよね。でも結構成果を出して出世していっえ、あっという間に重臣に、能力主義だからさ。後半に入社してきたんだけどいきなり成果上げていって「あいつ優秀だな」ということで専務になっちゃうっていうね。専務の会議に「あいつ早いな、光秀は」みたいな、そういう状態のときに反乱を起こす。「敵は本能寺にあり!」これですよね、有名なシーンですけれども。

京都の本能寺に宿泊中に取り囲まれるわけですよ。バンッ!て、旗を見たら光秀の旗。なぜ舞うのか分かりませんけど「舞うぞ!人生50年!」みたいなね、分かりません、私死を覚悟したときに舞おうとは思えませんけれども、どっかの創作かもしれませんけどそういうことを言って自害して焼かれたということがあるわけなんですよ。

 

ここから出てくる豊臣秀吉、「彼は一体何が凄かったの?」という話なんだよね。有名なのが「草鞋温めてました」って話じゃない。とにかく草鞋温めててあだ名「猿」の奴っていう、そればっかり有名じゃない。でももっと後半に彼の個性はあるかなと思ってるんですよ。農民出身で1番下の身分から登り詰めたというところと、あだ名が「猿」草鞋温めてた。ずっと草鞋温めてて最終的に出世したわけではないんですよ。草鞋だけでいったわけではないですよね。その前の出世の間に一夜城とか城攻めとかいろいろあるんだけど、そんな中でもこの人は一言で言うと何か。

信長が「バイオレンス&イノベーション」だとしたらこの人は「スピード&コミュニケーション」の人だと俺は思うんですよ。早い、そして上手いんです。なんか牛丼みたいになっちゃったんだけど、早いそして上手いという吉野屋さんみたいになっちゃったんだけど、とにかく何が早いかというと判断が早いんですよね。「中国大返し」有名なんですけど「信長が光秀に打たれた!本能寺で殿がやられた!」って言ってるときにどこにいたかというと山口県のあたりかな、毛利を攻めてたんだよね中国地方の毛利を攻めてたわけですよ。毛利といったら西では有力者ですからかなり拮抗した戦いで「もう少し時間かかるかな」とかやってる間に「殿が死にました!」「嘘でしょ?」ってうえで、すごい判断だよね。毛利氏との戦いを撤退するじゃないですよ、その死んだっていうニュースを隠したまま1回毛利氏と和睦するんですよ。「いやぁごめんなさいね!」死んでる感じさせないんだよ?「信長が死んだから和睦しましょう」なんて言ったら付け込まれるから「いやぁ、毛利殿すみません!ここで仲直りしませんか!」って言って向こうも攻められてる立場だから「攻めるのやめてくれるならそれはそれでいいよ?」なんて言って「あの、いやぁ僕が間違ってた。なんか攻めてたけど間違ってたと思う」とか言って1回仲直りで握手したその足でもの凄いスピードで京都のほうに戻るんですね。「殿の敵をうつぞ!」

 

でもこれ殿への想いというのもあったと思うけど、その後のことまで全部考えてたんじゃないかなっていうぐらい早い判断なんですよ「殿がやられた!じゃあ行かなきゃ!」って

なぜ行かなきゃいけないか、その後の権力争いがあるからでしょ。そこも全部見えてた。1番早かった、そして山崎の戦いというところで明智光秀と戦って最終的に光秀は逃げながら打たれてしまうわけなんですよ。

光秀討伐という大功章を貰うわけですよ。その時信長の陣営の中で1番弟子ではないわけですよね秀吉というのは。他にもすごいのがいるわけですよ柴田勝家とか、丹羽長秀とか、滝川一正とかいっぱいいるんですよ大御所たちが、BIG4みたいなのがいるわけですよ「信長さんの下には我々がいるんですよ」なんていって強いんですよ、勝家なんか「勝家がいるから、俺がね」なんて言ってるわけなんだけど、その時勝家は上杉の方を攻めててなかなかそっちに戻れなかったんだって。そっちのほうが距離近いのにね。でも戻れなかったんだよ。秀吉早いよね「あーすみませんでした!」ビュン!I`m sorry&Goだからねとにかく早い。

 

功章を立てたうえで次は「清州会議」これが有名ですよね。三谷幸喜さんでも映画になりましたけどこの清州会議とは何なのかというと、織田信長先生が死んだと、殿が死んだ。その後継者は誰なんだ?を決める会議だったと言われております。その内部も諸説あるのだが、一説によると次男か三男かで揉めてたっていうところがあるらしいんですよ。次男より三男のほうが優秀だったらしい。それで三男を推してたのが柴田勝家ですね。盤石ですね。「わしが柴田勝家だ。三男で決まりだろうこいつが優秀なんだからな。実力だもの三男で行こう」そういう風に言ってたと言われています。最初から決まってたとかいろいろ説あるんですけど、三男を推してる勝家。次男を推す派閥もあるわけですよ。「次男だ

「三男だ」と言ってる間になぜ次男か三男だったかというと、長男はもうお亡くなりになってるからですよね。長男お亡くなりになってるから次男か三男かと言ってる間、猿が後ろでものすごいコミュニケーションしてるわけですね。柴田勝家が「三男だろうな。基本は三男だろうな」って言ってる間「コショコショ」ってやっててどうやって現れるかというと、長男に子供がいるんだよね、孫がいるわけですよ。「だとしたらこっちのほうが正統じゃございませんか」と言って「あちゃー」となるわけですよ。裏で根回ししてたのね。しかもうまいのが、じゃあその後見人は誰かってなった時に三法師っていう孫ですよ、信長の孫、長男の子ども、「ここが1番でしょ?」ってなったその子供をものすごいあやしてるわけですよね「猿おじちゃんだよ~わぁ~」とかって。それでその後見人が誰かっていう会の時に秀吉が三法師を抱いて現れるという。「さぁ三法師様のお成~り~」って秀吉が言って全員が「ははぁー」ってやるその絵が、もう秀吉のコントロールのものだったという、そういう清州会議なんですよ。

「なぜ俺が猿に頭を下げなけねばならぬ」って半沢の土下座みたいだね「うぅ!土下座・・・!」あの香川照之ばりの「猿がなぜ!柴田勝家がなぜお前に!」って言ってさせられてしまうわけですよ。そのことによって柴田勝家派と秀吉派が一触即発になるわけですね。

 

 

「関白、秀吉である!日本はもう戦争はいらない!」って言うわけですよ。それで家康が「うーん」となるわけですね「ならばもう従うしかないのか」と

さらにさらにと夢を見た秀吉、それが敗北を喫したというところを見たのが家康