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日本史1 中田敦彦YouTube大学 受験生へ

中国の歴史で見たようなこともヨーロッパの歴史で見たようなこともここに詰まってくる。これが面白いんですよ。

 

中田敦彦のエクストリーム授業、遂に日本史編がスタート。縄文時代から平安時代まで一挙大公開

 

日本はこうやってやってきたんじゃいっていう奴と、新しい考えを取り入れないと私たちはもう滅びてしまいますよ。

「第一話諸説あり」嫌でしょ?これが日本史のすごいモヤモヤするところなんですよ。

 

 

どうも中田敦彦です。さぁきましたよエクストリーム授業。今日はですね、なんと今までやった世界史とは違う日本史に挑戦したいと思います。ありがとうございます。今日も生徒さん入っていますからね。ありがとうございます、オンラインサロンのメンバー。これYouTube見て入ってくれたんですよね?ありがたいですよ。YouTubeを見てここに来てというね。本当にそういう時代になってるんですね。ありがとうございます。

 

さぁ今日はですね、日本のどこをやるかといいますと、原始から古代というところなんですよね。どこまでかといいますと平安時代まで。鎌倉以降を中世と捉えて、それ以前をザーッとやりたいと思います。

たった1日で平安まで終わる日本史の授業あんまりないでしょ?だいたい教科書開いて、縄文とか弥生で終わっちゃうのが1発目だもんね。日本史のそのあたりってあんまり面白いって印象がないっていう印象多いと思うんですよ、そう思ってる人。でもね?そんなことないんですよ。だから俺悔しいのが、日本史って戦国時代、侍が活躍するあの戦国時代もしくは江戸末期の幕末、維新志士か新選組かみたいな。そこばっかり人気でしょ?大河ドラマもそこ交互にやってるじゃないですか。寧ろ古代が面白いんですよ。なぜなら、この国って元々どうやって始まったの?というのは、無茶苦茶ミステリーだから。そのうえで色んな人物が古代いっぱい出てきます。

「平安?なんだっけ?」みたいなね。いい国作ろう、最近はいい箱か。いい箱作ろうの鎌倉幕府あたりから刀持ち出してから物語が展開して、源義経とかも歌舞伎とか昔話でも人気じゃないですか牛若丸とか。でもそれ以前の「平安?」みたいなね。「何してたの?」みたいなね、「カルタしてたの?」「蹴鞠してたの?」みたいな、それくらいの感じじゃないですか。でもそんなことないから。もっともっと前から人間はものすごい勢いで争ってるし、いろんな人間ドラマがあるんですよ。それを知っていただきたい。面白いドラマいっぱいありますから。そしてこの国がどう始まったのか。本当に議論が絶えないミステリーのゾーンも行きたいと思います。これは面白いと思いますのでスタートしたいと思います。

 

まずこの日本、縄文弥生のころ。ここサッと行くからね。みんなが縄文土器について見せられてるのが長いからサッといくんだけど、縄文の頃は狩猟ですよね、これ分かるよね。この頃はあまり争いが無かった。なぜかというと、朝起きる、飯を獲る、食う、寝る、だから。あまり貧富の差もないんですよ。

 

ところが弥生になって農業が始まると、まず定住します。場所が決まってきて段々その場所で豊作のところと豊作じゃないところで差が出ますよね。で、貯蔵することができるから貧富の差が生まれる。そしてそれを奪い合うということで争いが生まれる。弥生時代、稲作が始まって争いと共にその時代が幕開けするということなんですよ。ここら辺まではなんとなくイメージあると思う。

そこから、小国が乱立してたよという記述が中国の書籍にあります。これ、「なんでわざわざ中国の書籍なんだよ。日本の書籍は?」って思うんですけど、文字が無い。文字がまだないんですよ。だからこの頃、小国乱立していました日本は、その頃は日本って呼ばれてない。和の国って言われてたんだよね、中国の後漢書には。でも中国の歴史やったじゃないですか、後漢って結構後じゃない?殷、周、春秋戦国ね。殷、周、春秋戦国、秦だ。で、前漢、清、後漢だから。ここだよ?殷、周、春秋戦国、秦、前漢、清で、後漢だよ。小国乱立遅い。だいぶ遅いんですよ。だから後漢の人たちが書いている文字を読んで俺たちは知るしかない。なぜなら文字が無いから。だいぶ進歩が遅い、それがスタートなんですね。

元々この頃縄文の前の頃は大陸と繋がってたんですよ。だから、その頃の縄文人っていう人たちは、まだ大陸と陸続きだ。そこから離れた、大陸が。ぎちぎちぎちって別れて、日本になるわけだよね、列島に。そしてその後まだちょっと繋がってるところから弥生人がやってきて、朝鮮半島とか大陸から弥生人がやってきて、稲作が始まると。それが混ざって、縄文のどっちかというと顔立ちがはっきりしてて毛が濃い人たちと、どっちかというと顔が薄いあの弥生の稲作始めます~みたいなそういう人たちが混じって混じって日本人になっていったという流れの中で、小国乱立します。稲作で争いますね。

 

その後後漢のあとの「魏」。三国志の時代ですよ。魏、呉、蜀で争ってる時代に何してたかというと、邪馬台国なんだね。これ魏の頃に邪馬台国が記述で2000文字に渡って出てくるわけ。2000字インタビューって長いじゃないですか。雑誌とかで。2000字インタビュー、これは特集しますねみたいな感じでしょ?2000字邪馬台国について書かれてるんだよ魏に対して。びっしり書かれてる。だからそこに出てくるのが卑弥呼だよね。やっぱり卑弥呼なんですよ。この時はまだ文字無いから、そのうえで基本的には呪術よ。だからこういうシャーマン的存在の巫女が、卑弥呼がいて、甲羅を焼いてみたりしてさ、ひび割れ見てさ「上手くいくよ」とかそういう感じ?何が分かるの?みたいな。ひび割れで何が分かるの?みたいな感じだけど、そういう占いとか、そういうことをまだやってる頃。この頃まだ魏だから曹操とか孫権とか劉備とかがやってるときに亀の甲羅を割って「上手くいく」とかやってるんだよね。それくらいタイムラグがあるってことはまず頭に入れておかなきゃだめだよね。

そんな中でもシャーマンの女王として邪馬台国というのは相当デカかったって言われてるのね。しかも中国大陸からの行き方が書かれてて、それは陸路でこれくらい、海でこれくらいで、方角はこれくらいって書かれてるのよ。ただこれが、邪馬台国の大ミステリーの1つで、この方角と距離をしっかり今その通りに辿ると、九州の東側の海になっちゃうんだよ。「え?これ太平洋上ですやん!」ってなるわけですよ。そんなとこないわけです。あれ?てことは、距離が間違ってるんですか?それとも方角が間違ってるんですか?この2派に別れて大論争しているのが有名な、近畿説と九州説ってやつなんですよ。方角は合ってて距離が間違ってる、手前なんだよねっていうのが九州説。距離は合ってる、方角が違ったんだよねっていうのが近畿説なんですよ。これが相当論争してて、この差がどういう意味があるかっていうのを分かっておいてほしいんですけど、九州説だった場合はまだ九州全体くらいのそういう王国。でも、近畿までいってたら、九州から近畿までのエリアを占めてたっていう。勢力図が変わってくるんですよ。それぐらい大きかったのか、それとももう少しコンパクトだったのか。それが全然変わってくる。ここは今でも揉めてるんですよ。

そのうえでこれ、魏に遣いを渡したよ卑弥呼がっていうところが記述されててその娘、台与もしくは臺與って言われてるの。その娘さんが「晋」魏の次ね。三国が終わった後晋が出てきたじゃないですか。前の動画見ていただきたいんですけど、その晋にも遣い送ったよっていうところで記録がパツンと途絶える。南北朝の時代、争いの時代入るからゴタゴタしてるんだね。その頃はふわふわふわっとここで何が起きていたか。それは、古墳が増えてたのね。それなんとなく習うじゃないですか、「古墳か~へぇ~」くらいじゃないですか。俺らからすると「お墓なんですよね」ぐらいだと思うんですよ。でもそうじゃないんですよ。これは何かというと、あの古墳というデカい恐らく権力者のお墓が、1つの形式でどんどん日本中に増えてたってことは、1つの巨大な勢力が日本を統一したんだろうということの目安になってくるんですよ。ところがまだそこの記録もないんだ。だから俺たちはこのふわふわしたあやふやなところの成立をなんとなく感じるしかないんですね。古墳が増えてったんだから成立したんだねっていうところ、記述が無い。その後の隋になると遣隋使が分かるじゃないですか。遣隋使ってことで急にはっきりしだすんですよ。急に曽我氏とか出てくるんですよ。どこから?っていうね。ここのモヤモヤがすっごくミステリーなんです。どの時代にどういう風に日本を統一する大きな、いわゆる大和政権というものができたのか。これがすごくミステリーなんですね。

 

こことここの関係がまず分からないんですよ。邪馬台国、これ「やまたい」と読ませてるけど、「たい」じゃなくて「と」じゃないの?って説もあるんですよ。「やまとこく」なんじゃない?だから、邪馬台国がそのまま大和政権になったんじゃない?っていうのが、大きな近畿説の考え方。違うよ、九州から出てきて制圧して大きくなって、何かを滅ぼしながら大きくなってなったんじゃない?って説と、邪馬台国を滅ぼしたのが大和政権なんじゃない?どれか分かんないんですよ。スタートが分からないっていうこのモヤモヤ。嫌でしょ?「第一話、諸説あり」って。嫌でしょ?これが日本史のすごいモヤモヤするところなんですよ。だから俺たちここらへんすごく「不思議だなぁ」って言って始まるんですね。で、いきなり曽我氏とか始まるから、「誰こいつ」みたいになるんだけど、でも大事なことは、この小国乱立のあたりから地方の有力者たちが少しずつ出てきて貧富の差とか力の差がついてきた中で、大和政権っていうのが生まれた。でもこれは1つの強力な王に全員が傅いてるって王国じゃないってことが大事。これまず覚えておいてほしい。

どういう王国か。連合王国なんだよ。有力な奴らの連合の王国。もちろん天皇的な存在、大王ってのはいたんだけども、有力な部族がいっぱいいたわけ。そんな中でも有力だった1つが「曽我氏」ここで出てくるわけよ。なるほど、有力な奴らが貧富の差で出てきたのね、そいつらの1番デカいチームっていうのが曽我氏なわけですよ。ジャイアンツみたいな感じだね。ジャイアンツ的な感じが曽我―ズなんですね。曽我―ズのライバルとしていたのが阪神とかになるのかな?だとしたら物部氏っていうのがいたの。曽我氏と物部氏の対立っていうのは何か。これが仏教を取り入れるかどうかなんだよ。もう日本のここの歴史っていうのは、古代っていうのは、仏教。これを中心にみるとわかりやすいです。

 

今日の授業なんですけども、こちら。「早わかり日本史」っていうものを私が読んで勉強した結果、ひたすらまくしたてるということなので、ここを中心にしてるんでぜひよかったら買っていただきたいと思います。ただ、別に何かお金を貰っているわけではございません。ステマではございません。寧ろ勝手に読んで喋るということで許可を取ろうと思っています。ありがとうございます。

 

さぁそんなこんななんですけども、仏教中心に見なきゃいけないんですけど、仏教を取り入れるか取り入れないかっていうのは、なんとなく仏教好きか嫌いかかなーじゃないんですよ。仏教っていうのはつまり、大陸からの新しい考え方。大陸はずっと先進国なんですよ。ずっと新しいでしょ?先進国で中国大陸とか朝鮮半島がどんどん仏教になってったの。なんでかというと、仏教を中心として国を作ると、トップを中心としたピラミッドが作りやすいんだって。元々はインドで起こった仏教だよ。だけどそれがどんどん変化して権力体勢とセットでやってきたわけよ。元々は仏陀が皆を救いたいとか、ヒンズーのバラモンの教えから解き放ちたいとかいろいろあったけど、それがどんどん変化して権力を上手く作る仕組みとしてワンパックになって届いたわけ。それを受け入れるか受け入れないかがここなんですよ。物部氏は言いました「嫌だ仏教。嫌です。今までの日本の神様どうすんの?日本の神様いるでしょ?あと俺たち豪族連合じゃん?ワントップ体制になったら揉めると思いますよ」これ物部氏。曽我氏は違うんですよ。「いやいや、新しい考えを取り入れないと私たちはもう滅びてしまいますよ。大陸はそうなってる、俺たちがそうなってなかったら攻め入れられるかもしれませんよ」新しい技術を取り入れるんですか?俺たちのオリジナルでいくんですか?っていう、今でも分かるような議論じゃないですか。「向こうのやりかた取り入れるの?」みたいな「アメリカではこうやってますよ」みたいなね。だから曽我氏の方が新しいんですよ。「ニューロークのマンハッタンではこういうやり方をやっていうます」みたいなね。そういうやり方。「日本はこうやってやってきたんじゃい!」っていう奴と、若いニューヨーク支社からの「ニューヨークのやり方を取り入れないとね」っていう感じで、勝ったのが曽我氏なんですよ。

で、曽我氏が仏教取り入れますって言って、そのうえで上手かったの。権力闘争に勝つんですね。推古天皇って有名じゃないですか。あの推古天皇を天皇にしたのは、なんとこの曽我馬子なんですよ。自分の関係が深い人、姪っ子だったらしいんですけど、自分の姪を推古天皇にして、その前の天皇を暗殺したのこいつ。命奪っちゃって自分の息のかかってる人を天皇にして、ここで出てくるのが聖徳太子だ。

この聖徳太子がまたミステリーなんだよ。聖徳太子学んだじゃないですか。聖徳太子とかいって謎のこういうの持って澄ましてさ、何ですかこれは?っていうバーを持ってますねっていうお馴染みの聖徳太子。お札にもなってたでしょ一時期ね。その聖徳太子が、最近いなかったんじゃないか説ってあるじゃないですか。あるんですよ。聖徳太子嘘だったっていうね。「俺たちの小学校時代を返せよ!」みたいな。「俺たちのあの日本史の時間は何なんですか」みたいな。聖徳太子は10人の声を聴き分けるみたいなのあったでしょ?確かに怪しかったじゃない。10人の声を聴き分けるあたりはちょっと怪しいなってさすがに小学生の俺も思ったよね。「それは無理だろ」みたいなね。3人話しかけてきてパニックとか言ってね。10人は無理ですとか言ってたんですけども、その聖徳太子のモデルになってる「厩戸王」っていう貴族はいたんだけど、あれだけの業績を1人でやったというのは恐らく不可能だろうと言われてるんです。後に日本書紀っていう歴史書が書かれるんだけど、その時に創作されたんじゃないかって言われています。脚色があったんじゃないかと。つまり全く0だったわけじゃないけど、全部の業績を、こいつスーパースターにしてこいつのものにしちゃおうっていう創作が後世にあったという風に言われているんですよ。でもここの中心は本当は曽我馬子。全部裏で操っているんだよね。推古天皇も立てて、厩戸王も立てて、それでやってきたわけですね。そのうえで厩戸王が死んだあと、どんどん曽我馬子が全部の権力握りだすわけですね。

古代はこれの連続です。権力闘争なんですよ。天皇なの?側近なの?それとも仏教なの?この争い実はずっと続きます。この内部闘争と、帰属と仏教、ここが古代のキーワードになるんですね。ここさえ分かればすごい分かりやすいです。常にこれを争っています。だからスタートから仏教のことで争ってるでしょ?さらに側近と天皇で争ってるでしょ?これの三角形さえ覚えておけば古代はズバッと頭に入りますからね。そのうえで曽我馬子。これを滅ぼしたのが、あの中大兄皇子だよね。

大化の改新はすごい有名じゃないですか。「蒸しご飯作って祝う大化の改新」みたいなね。お祝いのときに蒸しご飯作った事ないんですけど、どうなんでしょう蒸しご飯って何なんでしょうかっていうね。645年って言われるじゃないですか。あの大化の改新ってやたらと覚えてるでしょ?あれ何が凄かったかっていうのはあんまり分からないじゃないですか。「中大兄皇子と中臣鎌足が曽我氏を滅ぼしました」なんかやたらと覚えさせられたじゃん。で、「鎌足ってねー」みたいなので終わってたの俺たちは。でもそんな話じゃないんですよ。もっと大事件なんですよこれは。

中大兄皇子っていうのは後の天智天皇。天智天皇っていうのはすごいガラッと変えた人で、要するに側近政治から天皇政治に戻したって意味なの。何を隠そう大化の改新の「大化」っていうのは日本初の元号なんですよ。つまり今最新の元号が「令和」でしょ?「令和to the大化」なんですよ。New&oldの話ですからね。令和元年に大化の話私今知ってますよ。この大化っていうのが元号なんだけど、初の元号が何がすごいかっていう話、ここが面白い。「元号決まったんですねー」じゃない。これは中国との関係性を表してるんですよ。

その当時中国は周りの国を自分達の国の属国にしてったわけ。そして中国には元号があったんです。西暦っていうのもキリスト教文化圏のキリストの後っていう意味でしょ?キリスト生まれてから何年みたいなやつでしょ?で、時の権力者っていうのは暦を決めるわけですよ。だからイスラム教の人たちは全然違う暦でやってますよね。暦を決めるということは、どこにトップの権力があるのかっていうのを示すときの支配者っていうところで1番大事なイデオロギーなわけですよ。それを中国がバンバン元号を「自分たちの元号を使わなければ自分たちの属国として認めないぞ、滅ぼすぞ」ってやってた。

だから自分達の元号にしたってことは「この国でやっていきます」っていうことなんですよ。「この国はこの国のトップが時間を決めていきます」っていう中国に対する「自分達は独り立ちで行くんだよ」そういう宣言だったから我々はひたすら、645、645って言うのは、日本がここでやっていくぞっていうことなんですよ。面白いですよねその考え方ね。

天智天皇1番大事なことは公地公民ってやつ。分かんないよね「公地公民1番やだなー、4文字でなんかやだなー」みたいな感じがするんだけど、これ面白いのは土地、土地を豪族それぞれが持ってたものから、「大和政権が全部管理します、お貸ししますね」っていう、大和政権が全部持つからね発言なんですよ。それで税金納めてくださいねこっちで管理しますからっていう、この土地政策。全部中央集権化なんですよ。ワントップ体制。だから始皇帝に近いかも中国で言うと。それまでバラバラだったところが1個になった。キングダム状態だよね。最初のキングダムの始まりの工程みたいな状態だから、ワントップでいきます、土地も全部貰いますしそのうえでこっちで管理しますし、こっちのルール「律令制」っていうね。それまでは「氏姓制度」という家族っぽい感じで名前あげるからとかいろいろやってたんだけど、1個のルールでやりますっていう。これも始皇帝っぽくない?始皇帝もルールを決めて、土地はこっちで管理して中央のワントップで行くぞとやったんですよ。秦の始皇帝と同じような状態。ただ秦の始皇帝ってどうやって滅びた?ここなんですよ。恨み買ったんですよ。急激なワントップ体制にすると「俺で行きます」と言うとむちゃくちゃ憎まれるでしょ?むちゃくちゃ憎まれました。中大兄皇子、俺たち「中大兄皇子ねー、おおえって読むのね」って感じで終わってたけど、じゃないの。天智天皇になったから全部ワントップにして、むちゃくちゃ反感を買ったっていう人でもあるんですよ。新たな抗争見えてきましたよね。

これ天智天皇がそのうち大揉めするのが、後の天武天皇との争いなんですよ。天天争い、これが壬申の乱っていうのが古代最大の争いと言われてて、あまり知らないでしょ?でもめちゃくちゃ面白いのが、天智天皇の次は天武天皇が次の天皇っていうのは決まってたの順番上。だけど天智天皇ワントップでしょ?俺様でしょ?鎌足と曽我氏もやっちゃってるし、完全に始皇帝状態だから全部決めちゃうんですよ。次は弟、弟なんですよ天武天皇。「弟か、でもなー俺の息子にあげたいなー」って言っちゃったんだって。で、息子を皇太子にするんですよ。で、次期天皇にするよって雰囲気出しちゃうんですね。それで天武天皇が恐れて「あ、あかんこれ殺されるやつや・・・」ってなって、「あー逃げなあかん」って言って逃げるんですね。その時天智天皇って滋賀県の近江に朝廷作ってたの。それも意外じゃない?滋賀だよ?俺同窓会で今滋賀に勤めてる人がいて「僕今滋賀で働いてるんですよ」って言ったら周りに「滋賀って何かあったっけ?」って言われてすごい怒ってたんだけど「滋賀にはいろいろある!」ってね。「穏やかさがある」とか「琵琶湖と穏やかさがある」ってキレてたんだけど、天智天皇は一時期滋賀に作ってたんです。そこから逃げるように天武天皇は「あかんこれ殺されるわ、奈良逃げよう」みたいな、奈良のほうに逃げてたの、元々の都があった奈良のほうに逃げてたんだけど、その天智天皇が死んだあと、「いやぁ~天智天皇死んだなー」ってことで、周りの反感買ってた豪族たちが、「天智の思い通りでいいのか?」って言って「息子か?」みたいな、まだ若かったんですよ。「息子じゃねぇだろ。天武じゃない?」って言って、天武天皇が盛り返すわけですよ。反感買ってたから。それで大戦争。天智天皇の息子VS天武天皇対豪族で、大戦争。ものすごい争った結果、勝者が天武天皇。

大戦争の後に自分で天皇になったから、天武天皇はむちゃくちゃ権力を握るんですね。これもすごく秦の始皇帝の後の項羽、劉邦に似てない?何か似てるよね?始皇帝がなくなったあと、人柄の劉邦が項羽を倒して戦を閉廷して作るわけじゃないですか。それが漢じゃないですか。漢長いじゃない。そういうことなんですよ。天武天皇の治世は結構安定するんですよ。そこなの、これ面白くない?ちょっと中国に似てくるんですよ。

やっぱりいろんな国の世界史とかやった後で日本史見ると面白いんですよ。世界史との共通点でいうと、この「仏教なの?王様なの?」っていう争いって、カトリックと皇帝の戦いにも似てない?すごい似てんのよ、カトリックをもって、キリスト教をローマ帝国で迫害してたけど、これローマ帝国丸ごとキリスト教でやっていきましょう、キリスト教でちゃんと治めたほうが治まりやすいから。治まりやすいからで握りしめた宗教に段々飲み込まれていって、どっちのトップが強いの?の争いになっていくのが日本でも行われるんですよ。中国の歴史で見たようなことも、ヨーロッパの歴史で見たようなこともここに詰まってくる。これが面白いんですよ。

で、天武天皇の時になんと「日本」という国号が決まるんですよ。ここなの、面白くない?ここから?みたいな。これから言えるよ、日本が「日本頑張れ」みたいなオリンピックとかワールドカップ見て「日本日本」みたいな言ってね、そしたら「みなさんなんか軽率に日本って言ってるけど、これさぁ天武天皇の時に決まった国号って知ってる?」って言ったら、かなり盛り上がる!もしくは嫌われると思うよ。言い方によるよね。時間を見つけてこういうこと言うとね、「あぁなるほどね」なんて言われるかもしれないし「うるせぇ黙っとけ」って言われるかもしれないからね。それ気を付けて言ってほしいけども、結構それ面白いよね。それまでは和の国とか大和とかね、いろいろあったけどここで「日本」と決まるわけですね。

 

さらにここで大事になってくるのが「古事記」なんですよ。「古事記」と「日本書紀」って有名なんだけど、この古事記と日本書紀の違いっていうのは、日本書紀っていうのはどっちかというと対外的に見せる、正式的な歴史?何年何々起きました、何年何々起きました、みたいな感じで編纂してる。古事記っていうのはもっと物語調、ストーリーなんですよ。神話っぽい感じ、ギリシャ神話とかあるじゃないですか。そういう神話っぽくストーリー調に作られたのが古事記で、ヒストリーとして作られたのが日本書紀。でもほとんど話は同じ。だけどこの古事記を天武天皇のころに集めようと、集めようとなったのはなんでかというと、国の歴史っていうのが色々地方の伝書っていうのがあったんですよ、言い伝え。その言い伝えをちゃんとまとめて1個にしようってやったのが天武天皇。

で、「稗田阿礼」っていうやつが選ばれるの。すごい名前だよね稗田阿礼だよ?阿礼って名前なかなか珍しいけどその稗田阿礼に何させたかっていうと、俺てっきり稗田阿礼にまとめて書かせたと思ってたの、でも書かせてないの。覚えさせたんだって、伝書を。だから口伝えなのよ。稗田阿礼のプレッシャーやばいよね。1人で覚えるんだよ?「はぁはぁはぁ」とか街で聞いて「そうなんですねー。あ、おじいさん。あ、そうなんですねー」とか言ってそれ全部覚えてずっと喋るってやつやってたの。口伝の暗唱よ?稗田阿礼のプレッシャーたるやすごいわ。「なんでしたっけ?忘れちゃった」とか言ったら絶対にむちゃくちゃしばかれるもんね。「忘れてんじゃねーよ!お前全部覚えとけよ!」みたいなね。大変なプレッシャーなんだけど、稗田阿礼に全部覚えさせてそれを後の天皇が文書化、まとめていくんだけど、この古事記、なんとなく日本の神話だってこと分かってる人は多いと思うんですけど、ざっくりとしたストーリー知らなくないですか?知らない人多いと思うんですよ。ざっくりとしたストーリー説明させてもらいます。

 

いろんなエピソードがあるんですけども、根本にある大事なところを言いますと、まずイザナギとイザナミ。この神様が2ついるわけです。これは暗闇とした、混沌とした中からですね始まりの神様が生まれて、これ本当は兄妹なんだけど結婚したの。「兄妹なのに結婚?」って思うかもしれないけど、古代ってあまり兄妹とか家族で結婚するのタブーになってなかった、まだ。要するに近親姦みたいなことがその後生物学的にあまり良くないよって分かる全然前だから、普通に仲良くなりがちだし全然OKみたいになってるから、この神様も兄妹設定なの。兄妹設定で結婚をして子供を産みます。その子供となる神様っていうのが3つあるんですね。

ここがアマテラス、ツクヨミ、スサノオっていう神なんですよ。アマテラスっていうのは太陽を中心とした太陽神なんですね。ツクヨミっていうのは月だよね、月とか暦の時間を操る神様らしいんですね。スサノオっていうのは荒神、荒ぶる神様なんですって。この3つの神様で全知全能、穏やか、破壊神、って何か似てない?実はヒンズー教にすごい似てるんですよ。だからこの神話のここの設定とかは結構東南アジアの影響があるっていう話があったり、他のいろんなエピソードでもギリシャ神話の影響があるんじゃないかとか、いろんな神話をここら辺でハイブリットしたんじゃないかっていう話もあるんですよ。なのでそこら辺も比較すると面白いんだけど、ここのポイントはアマテラスとスサノオなんですよ。

このスサノオが暴れるでしょ?荒神だから。暴れん坊だから「もうお前なんて嫌いだ」って言って、アマテラスが隠れちゃうんです。天岩戸ってね。引きこもるんですよ。それを見て「スサノオだめじゃないか」ってスサノオを地上に降ろすんですって。「お前は地上に降りてろ」「分かりました」ってスサノオが地上に降りて、そしたら現れたのが「ヤマタノオロチ」ね。あいつを「なんだこいつ」って倒して、その子孫がオオクニヌシ。オオクニヌシっていうのが出雲大社とか出雲大社があるところを治めてたんだって。大きい国を作ってたんだって。

そんな中、アマテラスの子孫であるヒノホニニギ。これに関しては言いづらいとしか言いようがないね。分かんないですもう、アマテラスは言いやすいのになぜというね、「ヒノホニニギ」絶対にいえに帰って寝て起きたら言えませんね。「に、にぎ、にぎ・・?」ヒノホニニギさんがですね、天上に降りてくると。三種の神器を持って天上より降りるんで「天孫降臨」って言うらしいんですけど、三種の神器持って降りてくるんですよ。こっちが降りてきたもんだからオオクニヌシは「ははー」って言って国を譲りましたっていうお話しなんだって。不思議でしょ?でもこれは何かを暗示してるんですよ。これの諸説がすごい面白くて、出雲って元々ものすごく強大な政権があったんじゃないかっていう話。その出雲の滅ぼす、もしくは征服したのが大和の政権だったじゃないかっていうお話しがあるんですよ。そこら辺も面白いじゃないですか。

じゃあヤマタノオロチって何?っていうことで言うと、ある説によるとそれは中国からの貿易船だったぅていう説があるんですよ。中国の貿易船ってこう船があって龍みたいになってるでしょ?あれがいっぱい銅の剣を持ってくるんですよ。青銅とかの剣、鉄の剣とか持ってくるんですよ。輸入するんですね。そのかわり何持ってくか、日本から奴隷を持ってくんですよ。剣を運んできて人を乗せていく。なんか似てない?あのヤマタノオロチの設定っていうのは、どんどん人質、乙女を持ってっちゃうんですよ。それに怒った国民がヤマタノオロチを酔わせて体の中から剣を取り出して裂いてしまう。体の中から剣を取り出す、船の中に貯蔵されてた鉄拳や青銅の剣でその中国から来た貿易商たちを撃ち殺したんじゃないかって説がある。面白くない?

そうやって栄えた貿易の中心地、出雲政権を大和政権が飲み込んでったっていうお話しっていう説があるの。面白いよね。だとしたら大和政権ってどこにあったのか。近畿だったのかそれとも九州だったのか。そんなことを考えながら古事記を紐解いていくのは非常にロマンなんですよ。だから日本の古代は分かりづらいのではなくて、ミステリアスで面白いと思えば、何度でも読み返せるストーリーになってるんですね。そんなお話しがあったということでございます。

そして、天武天皇の時代は終わりましてですね、平城京に移るわけですよ。その前に一回言っといていい?小野妹子の話しといていい?

 

妹子に関しては、妹子って要するに「遣隋使に行きました。隋に行った妹子でーす」って。

道長は全部ワン&ツー&スリーハットトリック決めるんですよ。全弾決まったーみたな。スーパービューティーラッキーボーイなんだよね。